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痛みは残らず、残るのは痛みがあったということだけ

by SAKI.S

12月も半分が過ぎようとしている。目をそらしている間に、銀杏は地面に落ちて黄色いじゅうたんに変わっていた。寒い。とにかく寒い。私は冬が苦手なので、冬眠して暮らせる動物に憧れている。来世は洞穴の中で冬ごもりできる動物に生まれ変わる予定である。(なんだろう、くまとか?)

こうも寒いと、物理的に肌が痛む。きりきりとした痛みが、指の先から身体の中へもぐりこむ。夏にはない痛さ。こうも痛いとつらいので、私は絶対夏の方がいいと思って夏を懐かしむ。でも、夏になる頃にはそんな痛みのことなんて冬に置き去りにしている。寒いのもいやだけど、この暑さから来るしんどさから逃れられれば、冬でもいい、というなげやりな夏の気持ち。指は確かに痛んだはずなのに、その痛みはすでに過去が持っている。私は持っていない。

7歳のとき、台湾に引っ越した。初めての海外暮らし。それを両親から告げられたのは6歳のときだった。大きい石が頭の上に落ちてきた。「お父さんだけ、行けばいいのに」私は全身が映る鏡の前で泣いている自分を見つめた。おじいちゃんもおばあちゃんも叔母も友達もいて、走り回れる田んぼのあぜ道があって、沈んでいく夕日が見えるその場所を突然去るなんていやだった。ましてや、海を越えて知らないところに行くなんて、当時の私は怖かった。

もちろん大きい石が私の頭の上にふってきたわけではないけれど、10年以上経った今でも、私はその、イメージの中での大きい石を覚えている。「台湾に行く」という衝撃は、きっと当時の私の小さな頭には痛かった。でも私は、その痛みを覚えていない。覚えているのは、大きい石が降ってきた、というイメージだけ。

「あなたに私の気持ちなんてわからない」というのは恋愛ドラマかなんかで陳腐化された台詞である。それと同じで、誰かの痛みだって、本当にわかったためしなんかない。擦りむいた膝小僧がどれくらい痛むのか、私も擦りむいたことがあるから想像はできるけれど、その痛みが自分が感じた痛みと同じかどうかは、本当のところはわからない。だって私は、過去の自分が感じた痛みだってもう、わからないのだ。「痛んだ」ことしか覚えていないのだから。

傷つくのが怖いのは、痛みそのものは忘れていて、痛んだという事実は覚えているから。知らない間に人を傷つけるのは、その痛みを忘れているから。痛みはあったくせに、それでも私は愚かにも、きっと人を傷つけている。気づいたときには痛みがあり、痛みはそう気づくまでは、忘れられている。

この先も、誰かを傷つけずに生きていくなんて無理だ。同時に、傷つかずに生きていくのも無理だ。「痛み」そのものは忘れて、「痛んだ」ことは覚えている。それは人間が強く生きていくための知恵なんだろうか。それとも忘れてしまうという愚かさなんだろうか。

人の痛みと、これからの自分の痛みと、どう付き合っていけばいいのか私にはわからない。でもわからない誰かの痛みと、わからない自分の痛みと。「わからない」ことそのものの痛みと、付き合っていくしかない。わからなさに向き合っていくしかない。

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