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答えより、問いの共有を

by SAKI.S

一月も十日に入った。先週までお正月だったはずなのに、その気配はもう鳴りを潜め、私はとっぷりと2017年に浸かってゆく。新しい年に慣れるのも、毎年この辺りだ。

さて、本題。答えより、問いの共有を。私はこのブログ(&メインのはてなブログ)において、答えじゃなくて問いを共有していきたいと思っている。答えが共有されるコミュニティは、私にとって窮屈だからだ。

正解がある社会はでも、とっても楽だと思う。小中高と学校に通って、良い大学に入って良い会社に入って結婚して子供を育てて。こうすれば大丈夫ってわかっていたら、自分がやりたいこととかやりたくないこととか、やらなければいけないこととか、そういったことをあまり考えなくてもいいから。「だってこれが当たり前でしょう?普通でしょう?」で済むから。

私はそういった共有された答えに対して、もともとは疑問なんてそんなに持たなかった。でも子どもの頃から海外を転々としてきて、今までフツーだと思っていたことが新たな場所に行くたびにひっくり返されてきて、「当たり前」とか「フツー」なんて存在しないことにいやでも気付かされた。当たり前がないことに不安を覚えながらも、それ以来一つの選択肢でしかないことが、みんなの答えのように共有されているところでは息苦しさを覚えるようになった。疑問を持つということは、持っていない人よりも離れた、距離を置いたところしか物事を見れないのだ。

当たり前が当たり前だと気づいてしまったら、もう元には戻れない。神様を失った信者のように。そんな信者は、どうすればいいんだろう?

そんな私が一つできるのは、答えを共有するんじゃなくて、問いを共有していくことだと思っている。結婚てしなきゃいけないものなの?就職しないといけないの?男女じゃないと恋愛できないの?血の繋がった人とじゃないと一緒に住めないの?定年まで働き続けるの?そもそもこれから定年なんてあるの?時間は一方通行にしか流れないの?国という境界線は超えられないの?

私の中には問いがいっぱいある。問いがいっぱいあるから、生きていく中で自分で答えを見つけていかなければいけない。でもそれは私の答えであって、あなたの答えではない。だから答えの共有はできない。
でも自分の中で浮かんだ問いを共有することで、共有された答えの中で息苦しさを感じていた他の人がちょっとでも楽になれるんだったら、私は共有していきたい。私は他の人と同じ疑問を感じていると知ったとき、安心と勇気を得てきたから。


SAKI.S
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