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どうでもいい話ができる人

by SAKI.S

こんばんは、沙妃です。週末は初雪を見ました。そんなに寒いんだ、と思って心臓が縮んだけれど、よく考えてみれば一年前はドイツにいて、氷点下の中をフツーに歩いていたはずで。昔できてたことが、どうしてできてたんだろう、自分のことながら不思議、っていうのありません?

さて、本題。どうでもいい話ができる人について。これは雑談が楽しくできる、初対面の人とも楽しく軽い話ができる、っていう意味ではなくて、どうでもいい話が楽しくできる相手、ということです。スキルとか能力の話じゃなくて、相手との関係性の話。

この間内向的な人に関する本を読んで、今更ながら自分は内向的だということを知った。自分のことなんてわからないものだ。その内向的な人の特徴の一つとして、どうでもいい話で盛り上がるのをあんまり好まない、というのが書いてあった。なるほど。確かに天気の話とか人の噂話とか昨日見たドラマの話とか、近くの美味しいランチとか、私はそんなに必要とはしていない。そういうので盛り上がる飲み会に行くくらいだったら、家で一人でご飯食べてコーヒー飲んで(最近は紅茶派)本読んでいようかな、となる。

ところが。これが家族とか恋人という身近な人になると話は180度転回する。恋バナ(最近はめっきりしなくなった)をしていると彼と普段なに話してるの〜?とかわいく聞かれることがあるけれど、まともに答えられたためしなんてない。たいてい額に手をあてて考えこんでしまう。それくらい普段なに話しているか覚えていないのであり、きっと私が飲み会では避けたがるような「寒いね」とか「お兄さん元気?」とか「逃げ恥面白かった?」とか「晩ごはんなに食べる?」っていう話をしているんだと思う、いやもっともっとどうでもいい話も。

家族ともそうで、真面目な話ー夢とか将来とか政治とか仕事とか趣味とかーなんて恥ずかしくてとてもじゃないけれどできない。親しければ親しい間柄ほど、話はどんどんくだらなくなってゆく。

「『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ」というのは俵万智のうただけれど、くだらない話をして楽しめる間柄の人って、「寒いね」に「寒いね」って返してもらうことで、会話をやりとりすることで、お互いの存在を認め合ってるらしい。間がもたないなあ〜っていうからするような話じゃなくて、話さなくてもいいような間柄だからこそ、そう言った会話を通して「あなたが好きだよ」って伝えあっている。

えーっとなにが言いたかったのかというと、身近な人ほどくだらない話をしてしまうのは、それがお互いを認め合っているからこそであって。そして「この人とはずうっとくだらない話で盛り上がっていたい」っていうのはきっと恋の第一歩、身近な人への第一歩なのかな、と。

そう考えると「寒いね」「寒いね」っていうやりとりがとってもあったかく思えてきた。雪国に囲まれたほんのりした暖炉の明かりみたいに。

それでは、また。



SAKI.S
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