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不安と悪を抱えてそれでも。

by SAKI.S

こんばんは、沙妃です。今宵も冷えますね。一月が半分を迎えようというのが恐ろしいです。お正月は一体どこへ行ったんでしょう。私はすごい勢いで2016年を忘れていきそうです。

平成の元号が終わろうというニュースを知って、無性に寂しくなった。私はほぼ平成とともに生きてきたから。といっても子供時代と思春期時代はほぼ海外で暮らしていたから元号とは無縁のはずなんだけれど、いざ平成が終わるとなると一つの時代が終わりを迎えるようで寂しい。身勝手なものである。

さて、本題。不安と悪を抱えてそれでも生きていくという話。前の方の記事に私は不安を抱きやすいと書いた。変に想像力が豊かで行動力があんまりないから、不安がムクムクと顔をもたげやすいのだ。でも何年生きたって不安を抱き、新たな不安が次々と生まれていく中でああ不安ってどんな状態になっても消えないんだなあと改めて思う。健康でいたってお金が入ったって就職したって結婚したって新たな不安はその都度出てくる。これくらい切れ目なく世界を良くするアイディアが浮かんでくるといいんだけれど。

同じように、自分の中の「悪」めいた部分も消えない。疲れたとか面倒くさいとかあの人嫌いとか社会が憎いとかそういった負の感情って、100パーセント消すことなんてできない。純度100パーセントの恋なんてないように。傷つけていないつもりでも、知らない間に誰かを傷つけているかもしれない(これは前にも書いた)。

村上春樹の小説の主人公って、なんだろう「悪」を抱えた人物が多い気がする。そんなつもりはないのに他者を損ねてしまい、それゆえに自分も傷つけてしまうひと。スプートニクの恋人の僕とか、国境の南、太陽の西の僕とか。

でもそれでも作中の彼らは生きていくし、それを見て、いや読んで私も不完全ながら生きていくんだなと改めて認識する。不完全を愛することができたらいいのにと何度も願う。人生って自分と他者と世界の不完全さを受け入れ、愛していくプロセスなんじゃないかなんて思う。

なんてことを、不完全な文章を書きながら考える。不安と悪を抱えてそれでも太陽のまわりをあなたと一緒にまわるために。

それでは、また。

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