LOG IN

感性は移動することによって養われる

by SAKI.S

こんばんは、沙妃です。東京では雪がちらつきました。朝起きてどんよりと天井の低い雲を見ると、ああ冬だなあと思います。そういえば去年ドイツにいたときは毎日こんな天気だったな・・・と思うと気が滅入るのも無理はない。天気や気候って本当に大事です。私たちの気分を左右する。

さて本題。感性は移動することによって養われるということについて。感性って何?って聞かれると、なんとなくわかっているつもりだったことに気づく。というかこれを書いていて気づく。

いいものをいい、何かを美しいって感じる感覚のことなんじゃないかと、私は思う。センスにも通ずるような、そんな感覚。論理的に考えて出てきたものとは違う、直感に近いような感覚。

前にセンスは知識によって養われるっていうことについて書いたんだけれど、じゃあ感性はというと、移動することによって養われるんじゃないか。同じ場所にずっといるとーー家と職場・学校との往復だったり、住んでいる地域から出ていなかったり、新しい街や本屋やレストランや美術館に行ってなかったりーー感性は鈍ってくるように思う。あ、あのお店気になる、とか、空綺麗だな、とか、落ち葉の色が好き、とか、この道をまっすぐ行ったらどこに着くんだろう、っていうどきどきとか。

そういうのが、同じ場所にいると減ってしまう。心への良い刺激が、減っていく。周りも見慣れた風景になっちゃうと、目に映らなくなってしまう。

ドイツにいたときはたくさん旅行に行った。スロバキアとか、マケドニアとか、ポーランドとか、ポルトガルとか、ちょっとマイナーなヨーロッパの国。一人で移動することもあったし、もう二度ど来ないかも、っていう街を中心に巡ったし、言葉通じないしで、ひたすら周りをきょろきょろしていた。目に映るもの全てを持って帰りたくて、写真には残らないものを脳裏に焼きつけたくて。

それらが今自分の中のどこに眠っているのかはわからないけれど、いつかじんわりと発酵して、何かに変わればいい、と思っている。

あ、いいな、綺麗だな、美しいな、って心がときめく瞬間って、その後何かに役立つとかセンスが磨かれる云々の前に、心が楽しい。透明な水がざあーって心に流れてくるかんじ。

もちろん日々同じ場所にいて心ときめいていたらそれに越したことはないけれど、それでは刺激が多すぎるし、どうしても人間は慣れる生き物だから。

旅行は時間もお金もエネルギーもかかって、毎日忙しいとちょっとハードル高かったりする。そんなときは、気になっていたけれど入ったことのない雑貨屋さんとか、レストランとか、歩いたことのない一本道を歩いてみるとか、そんな些細なところから。今よりすこうし、遠いところへ。

それでは、また。

このエントリーをはてなブックマークに追加

SAKI.S
OTHER SNAPS