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アウトプットをするためにインプットをするんじゃなくて、インプットするためにアウトプットをする

by SAKI.S

こんばんは、沙妃です。goatブログは平日夜8時を目安に投稿しているのですが、その日にUPするものをその日に書いていると遅れることが多いし、ちょっと予定や仕事がおしたらわ〜間に合わない!と焦ります。毎日書くのってそれなりにコツがいる。

でも(というか1ヶ月経ってやっと)その日に書くgoatは次の日にUPするようにまわすことができました。こうすると前の日の夜にゆっくり書けるから気持ち的にも楽だし、続けやすいです(前の日に書くって、簡単なようで難しいことがやっとわかる。前もって貯金できないとか、前もって夏休みの宿題を終わらせられない心理と一緒ですね)。

さて、本題。アウトプットするためにインプットするんじゃなくて、インプットするためにアウトプットするということについて。インプットとかアウトプットってカタカナ(って打ったらカタカタと打ってしまった)が並びすぎてあんまり好きじゃないんだけれど、他にぴんとくる言葉がないのでこれを使う。

今年から今のところだいたい毎日何かしら書いているので、今まではなかったネタ切れ的問題がうっすら起こり始めた。書くことがない・・・!とはならないけれど、パソコンに向かって、さて、何書こうかなあとふと思うことが増えたのだ。

これまでは、「これ書きたい、いや書かなきゃ」と思うことが多かったんだけれど。

(ほぼ)毎日書いていると、ああ私全然考えてないな、全然本読んでないな、全然知識増えてないな、ということに気づく。というか、あ〜なんか本読みたい、知識増やしたい、となる。砂漠が水を吸収するように、なにか頭に入れたくなる。

これは、たぶん書いてないとならなかったことだ。書く(話すや描くでも)、つまりアウトプットする機会がないとなんだろう、いろいろ知っている気分になる。自分の言葉で語ろうとしたときに初めて、入れたはずの知識がぽろぽろこぼれていたことに気づく。

プラハの春時代のチェコ作家についてもっと知りたいな、とか、イスラム社会についてもっと知りたい、とか、日本の写真家についてもっと知りたい、とか。そうやって、何かが知りたい、と思える瞬間が私はけっこう好きだ、というか幸せだ。

アウトプットしたい(もしくはする必要がある)がためにインプットするのかな、と今までは思っていたけれど、もしかしたらインプットする余剰がほしくてアウトプット欲が出ていたのかもしれない。鶏が先か、卵が先か。

幸せになるにはどうしたらいい?って悩める10代の女子高生に相談されたら「知的好奇心を常にもっておくことだよ」って答えてあげよう(今のところそんな機会はないけれど)。

それでは、また。

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