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「もったいない」は人を殺す

by SAKI.S

こんばんは、沙妃です。今日東京では春一番、気温も19度くらいまで上がったとのこと。朝玄関で、もこもこのダウンジャケットともこもこの赤いスヌードともこもこのロングムートンを履いて出たのですが、ドアを開けた瞬間「あ、間違えた」と思いました。でも時既に遅し。

肌に優しい風をもこもこダウンの下から感じながら、なんだか懐かしい気分に。そうだ、こんな優しい季節があったなあ、と思い出す。季節の変わり目は、いつも懐かしい。

さてこんな懐かしい話とは真逆の、物騒なタイトルをつけてしまいました。最近、もったいないという言葉に敏感なんです。

私は今大学4年でもうすぐ卒業なんだけれど、卒業してもいわゆる就職はしない。1月すぎた辺りから、就職しないの?正社員にならないの?と言われることもちらほら。しませんって言うともったいない〜と言われることもある。もったいない〜と言われるたびに、私の心臓が5ミリほど縮む。

なんだろう、このもったいない〜と言われるたびにぎゅ、となる心臓は。

新卒が良いカードだということも、自分がいわゆる知られた大学を卒業することも知っている。知っているからこそ、もったいないという言葉にいちいち反応してしまう。今だってこれを書きながら、心臓が1ミリくらい縮んでいる。

あれ、もったいない、って、いい言葉じゃなかったっけ。

そしてふと思い出す。大学の同期で市役所に勤めている子を。その子は就活の一年前からもう、自分は公務員になると言って勉強していた。

私はその話を聞くたびに「もったいない〜」って言っていた。その子は勉強もできたしサークルやバイトにも精を出していたし、よく気が利いて先生との取りまとめや飲み会の連絡係をしてくれていたし、とにかく観察眼に優れていた。器用で仕事もはやいし、就職したらバリバリ会社で活躍するんじゃないかな、と思っていたからだ。

でもそんなに働きたくないから、と公務員を選んでいた。その後、就職して半年くらい経った彼女と会った。同期の子と飲みに行ったりバドミントンしたりと、大学の頃よりアクティブになって元気そうだった。

それを見て私は「もったいない」と言った自分を反省した。その子は私がそんなことを言ったことを忘れてるかもしれないし、そう言ったときからもうだいぶ経っていたから何も言わなかったけれど、その子の一面だけ見てなんで「もったいない」って言えたんだろう。

私から見てもったいなくても、その子に合っているなら、その子が楽しいなら、何が一体もったいないと言うのだろう。

もったいないって悪い言葉じゃない。むしろ「善い言葉」だ。でもそれは基本的に、人を批判するために使われる。ぎゅ、と心臓を縮ませる罪悪感を抱かせる。

もったいないという言葉を聞くと、私は晩御飯にかたくて噛み切れなかった牛肉の細切れを残飯入れに捨てるのが浮かぶ。
あるいは、数十万出して買ったパリへの往復券でパリへ行き、晩餐に食べたフォアグラがまずくて実は汚いセーヌ川に投げ捨てるのが浮かぶ。

きっと私は、就職しなくてもったいないと言われたとき、新卒カードと大学名をドブに捨てたことを批判された気がして、罪悪感に襲われるのだ。言った相手にそんなつもりがなかったとしても。

そんなこと気にしなくてもいいじゃん、と言われればそれまでなんだけれど、あながちもったいない、という言葉が「善い言葉」だからね。ちくちくと罪悪感が刺激されるのだ。その度に私は弱いなあと思う。気にしなければいいのにね。

もったいない。でも私は、就職するために大学で学んでいたわけじゃないので(じゃないとわざわざ文学部の独文学なんて選ばない)、それこそ就職するために就職した方が私にとってはもったいない。新卒カードと大学名がもったいないから就職する、そのことの方が、あとあともったいない気がしたから。

どれだけ自分が周りの人の役にたつかはわからないけれど、今やっていること、就職せずに卒業後やることがいつか誰かの役にたったときに初めて、あああの選択はもったいなくなかったんだなあ、と思えるんだろう。

「善い言葉」ゆえに諸刃の剣になる「もったいない」。何気なく口にするからこそ、ぽろっと出てしまう言葉。
でもそれは、誰かを批判するためにある。「もったいない」から就職する、新卒カードを捨てない、という消極的なものじゃなくて、「楽しいから」「誰かの役にたつと思ったから」っていう積極的な理由で、軽い気持ちでふわっと動けるようになったら。きっとそれが一番だと思う。もったいない、なんて言ってる暇もないくらい、人はいつ死ぬかわからないのだから。

それでは、また。

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