LOG IN

できないことが増えてゆく

by SAKI.S

朝起きると夫が腹痛で身体をくの字にしてうめいていた。嘔吐はあるわ身体はしびれて動かないわこれはただ事じゃない、と思い、受付時間開始と同時に病院へと連れてゆく。

急性胃腸炎。下痢も腹痛も嘔吐も発熱も頭痛も身体のしびれも、一斉に身体を襲うなんて。

水分すら自分で取れないので看病をしたのだけれど、看病ってこんなに大変だったっけ、とふと思う。家族は身体が強いのか、ちゃんと看病したのはほぼこれが初めてだったのだ。(そんな私自身もかれこれ6、7年風邪をひいていない。)

りんごの皮を剥いてすりおろしたり、小さく切り刻んでフォークをさしたり、おかゆを絶妙なうすさ(こさ?)にしたり、薬を一つ一つ飲ませたり。

ああ、こういう細かい気遣い的なのが求められる看病って、おおざっぱな自分にはハードルが高い、ということに気づく。

慣れた人とか、細かいことが得意な人は、こんなことなんてことないんだろう、と思いながら。

大きくなるごとに、成長するごとに、歳をかさねるごとに、できることが増えてゆく。そんな気がしていたし、そうだと思っていたし、そう言われている。

でも、違うんじゃないか。ほんとうは、逆なんじゃないか。

なんでもできると思っていた子どものころの方が、できることが多かったんじゃないか。

小さいころは、やること(やらなければいけないこと)も枠組みが決まっていて、そのなかである程度できれば、「できることが増えてゆく」という実感がともなう。それは、成長していく上で欠かせないプロセスなんだろう。

でも、いつまでも「やること」が決まっているわけではない。何をやればいいかも、どうやればいいかも正解がないなかで、そして勉強とかスポーツとかメインの仕事とかそういったこと以外のことーー家事や恋愛や職場での人間関係や役所の手続きやそういったこと、が増えるなかで、ああ、できないことばっかりだなあと気づく。

できないことが増えてゆく、できないことがたくさんあると気づく。自分のふがいなさに、胸がきりきりする。

でも、それってネガティブなことなんだろうか。

無知の知のように、この世界が自分の知らないことであふれているように、私のまわりはできないことであふれている。

”知らないことを知ることで、”知っていること”が際立つように、できないことが増えてゆくことで、”自分に何ができるか”、がクリアになってゆく。

ゲームのようにできないことを一つ一つクリアしていくのもいいんだろうけれど、できないことは数え切れないほどあるのだから、できることに注力していくのも一つの生き方だ。

できない、というのはスキル・能力としてのできないと、好きじゃなくてできない、がある。だから、自分の「できない」を知っていって、できること、得意なこと、苦じゃないこと、好きなこと、やりたいことも、同時に知っていく。そしてそこにフォーカスしていく。

ほんとうに、知らないこと、できないことばっかりだなあ。でもだからこそ、楽しいというか、”生きがい”が生まれるのかもしれない。

それでは、また。

このエントリーをはてなブックマークに追加




SAKI.S
OTHER SNAPS