LOG IN

続けるか続けないかを判断するには

by SAKI.S

世の中には、「始めたことは続けた方がいい」という意見と、「あわないと思ったらさっさとやめればいい」という意見がある。

私はツイッターのタイムラインに流れてくる両方の意見を見るたび、「そうだよね」とふむふむうなずく。続けないと、結果だって出ない。特に個人で何かやっていると、なおさらコツコツ続けないといけない。

あわないと思ったことからさっさとやめないと、時間がもったいない。1日は24時間ないとだめだし、前にも書いたけれど、ロングスリーパーなのでやることは選んでいかないと、寝る時間が確保できない。

そうこうしているうちに今日、スマホの画面を滑っている指先が、止まる。

あれ、続けるか続けないか、って、どうやって判断すればいいんだ?と。

「あわない」と感じれば即やめればいい。それはわかる。でも、最初はあわないと思っていても、続けて行けば実はあっていた、とわかるかもしれないじゃないか。

そういうとき、どうすればいいんだろう。

帰りみち、傘を開きながらぼーっと考える(危ない)。

ふと、一つだけ、うかんだ。

それは、「それを続けることで、自分が変化する感覚があるかどうか」だ。

大学生のころ、勉強が楽しくて楽しくて仕方ないときがあった。3年生も終わりにさしかかるころだ。それまでは、一つ一つの文献を読んで「おもしろい」「おもしろくない」「興味深い」と思っていたけれど、全てをひっくるめて、人文学がおもしろい、とはさほど思っていなかった。

でもあるとき、全く関係のない二つの本が、確かに繋がる瞬間があった。自分の中でのキーワード(たしか、「ためらい」だったと思う)が、ちょうど同じときに読んでいた、この全く関係のない二つの本に出てきたのだ。

確か内田樹氏の本と、ドイツの芸術論の文献だったと思う。その瞬間私は、時間をおいて待つことで、そしてこつこつ学び続けることで、一見全く関係のないものごとが繋がると悟ったのだ(というと大げさだけれど、そのときの私はまさに、ぽん!と電気が走ったかんじになった)。

おそらく読み続けていなければ、勉強を続けていなければ、そのことには気づかなかったし、ここまで「勉強っておもしろい」とは思わなかっただろう。

でもそれは振り返ってみると、「読み続けることでなにかが変わる予感」があったから、一つ一つの文献はたとえつまらなくても、読み続けていたんだと思う。もちろん、読むこと自体が好きじゃないと続かなかった、という前提はあるけれど。

私が今続けているのは、瞑想と書くこととインスタを更新することがあるけれど、そのどれもが、たとえめんどうだったりあきたり、つまらない...と思うことがあったとしても、「続けていくことでなにかが、ひいてはそれを経て自分が、変わる予感がする」からだと思う。

続けていくこと、そのものが善だとは思わない。そもそも、続けていくことの先になにかが変わる、予感がないと続けられないのかもしれない。

でもその変化の予感は、ささいなものでいい。「1000万プレイヤーになる」とか、「有名になってテレビに出る」とか、「めっちゃ痩せて美人になる」とか、そんな大げさなものじゃなくていい。

「前よりは勉強がおもしろいと思えるようになった」「自分をより知ることができた」「毎日ちょっときげんよく過ごせるようになった」「ありがとうと言われることが増えた」とかで、十分だと思う。

そんな、思考の片鱗を書いてしまいました。goatはそうやって、書きながら思考をたどっていくことができるのが好きだ。

それでは、また。

***

写真は本屋に置いているドイツの文庫本、レクラム文庫です。日本の文庫本よりはるかに薄くて小さくて、持ち運びがとっても便利。ドイツでの冬はコートのポッケに入れて、トラムに乗るとさっと取り出して読んでいました。

何よりビビッドなイエローがおしゃれ...!

***

自宅でこぢんまりとbooks1016(といろ)を始めました。外国人観光客向けですが、日本の方向けに外国語書籍や海外関連の本も置いています。

今月は週末営業、予約はfacebookで受け付けています(ツイッターDMも可です)。

http://books1016.tokyo/

http://instagram.com/books1016/

https://www.facebook.com/books1016/

LINE it!

SAKI.S
OTHER SNAPS