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読む体力

by SAKI.S

今年の1月に卒論を書き終えてから、めっきりドイツ語を読む機会がなくなった。たぶん今ドイツ語の本を開くと、目がくらくらするだろう。何せ一つ一つの単語が長い。何をどうしたらこんなに長くなるんだ、一体どこで区切るんだ、というくらい長い。了解!ですむところを、einverstanden!となるのだから。

外国語を読むというのは、体力である。ドイツに1年留学していたときは、意味はわからなくとも辞書はひかず、ひとまずテキストをがりがりと読んでいた。そうすることで、ドイツ語を読むという行為自体に、慣れようとしていたのだ。

しばらく触れていないドイツ語を読むのはしんどいので、やっぱり意味がわからなくても量をこなす、毎日続ける、というのは大事だ。体力をつけたいなら、毎日走った方がいいように。

大学を卒業して、何も外国語だけが体力を要するわけではなかったんだな、と痛感している。この間『ゲンロン』を手に取り、ぱらぱらと読んでみた。批評や評論のような、論文のようなカタメの文体と内容だったので、文章がすらすらと入りづらかった。

あれ、もっとカタイ内容と文体で、がつがつ読んでいなかったっけ?

同じく、この間まとまった時間を取って、小説を読みたくなったので何冊かソファの横に積み上げた。
1ページ目を開く。次のページをめくる前に、ふと意識が文字から離れていることに気づく。明日の準備しなきゃ、とか、晩ごはん何つくろう、とか、ああメールの返事してなかったや、とか、あ、サイト更新しないと、とか。

あれ、そういう現実的なことにとっぷりつかっていて、視野が狭いなあと感じたから、小説が読みたくなったのに。

論文のような専門書を読むのも、長編小説を読むのも、体力がいるということに、改めて気づく。

小さい頃は、何も考えずにとっぷり小説の世界に浸かっていて、むしろ戻ってこれないくらいだったのに。

大学にいたころは、電車の乗り換えのためにホームの階段を降りているときでも、車内で読んでいた本についてぼーっと考えたりしていたのに。

読む体力は、しばらく放っておくとあっという間に落ちてしまう。

高校を卒業して、大学の5年間全く運動をしなかったので、今びっくりするくらい体力が減っている。急にやめると読む体力も衰える。毎日少しずつでいいから、専門書とか、小説とかを読み続けたい。

読むんじゃなくて、読む時間をつくる。そっちの方が大切なんだと、誰かに強制的に読まされなくなって知った。

だから、週1回はカフェで数時間、スマホもオフにして、専門書か小説を読む時間をつくろうと思う。
そのお気に入りのカフェがまだ見つかっていないので、そこから始めるというのんびりっぷりを発揮中。

それでは、また。




SAKI.S
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