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ははとむすめ、のあいだで

by SAKI.S

母と私は、仲がいい。

最近は「毒親」という言葉が一般的になり、特に娘と母親の関係が見直されている。私はそんな記事を読むたび、「もし当てはまるのがあったらどうしよう...」とびくびくしている。

でもよく考えたら、一つ二つ当てはまるくらいがふつうな気もする。「一つも当てはまらない」ような完璧な母親がいたら、逆にそれは「毒親」だろう。

母がいわゆる「母親業」に向いているなと気づいたのは、それが終わりにさしかかった最近のことだ。「心配性ではない」という、私とは正反対の性格が、「母親業」にぴったりだった。「もう少し心配してくれてもいいんじゃない?」と思春期のころは思っていたくらいなのだから。

上海とアメリカ、日本とアメリカ、ドイツと日本、と3回ほど1万キロ離れて住んでいたときも、私から「スカイプせえへん?」と連絡するくらい、母はあっけらかんとしたものだった。曰く、「姿が見えなくなったら、考えることがない」らしい。私が心配のいらない良い子というわけでも、私に関心がないというわけでもなく、これ以上はないくらいシンプルな理由だった。

私は小さい頃から「お嫁さん」よりも「お母さん」になりたかったくらい、いつかは母親になりたいのだけれど、結婚してからというもの「自分が母親になる」というのが現実味を帯びはじめ、どんどん心配になってくる。「心配性の母親になって娘(なぜか私のなかでは子どもは娘だ)にうっとうしがられたり、反抗期に一切口を聞いてくれなかったりしたらどうしよう...」と、母親になる前から心配性の母親になることを心配している。

どうみても自分は「肝っ玉母さん」になれそうになく、「母親業」に向いていそうにもないけれど、母親というのを一つの役割として捉えてみると、少し冷静に考えられる気がする。「娘業」はまあまあ上手くやってきたと思うので、自分が「母親業」をするときは、また一つ、自分に合った役割をつくっていけばいい。私の全てが「娘」ではなかったように、子どもができた瞬間に、自分の全てが「母親」になるわけではないのだ。

末っ子の大学入学が迫り、子育てとしての「母親業」をもうすぐ卒業する母は、今はフルタイムでエネルギッシュに働いて、しきりに「人生の第三ステージだからね」と言っている。そんな母を応援したい気持ちもあり、度々実家に行っては家事をしている。

母に併せて娘も変わる。それは、母に合わせているということではなくて、「娘」は「母親」との間に存在しているものだから。もちろん、逆もそう。

誰かの娘であった私たちは、妻にも母親にも、ときに姉にも妹にも、そしていつかは祖母にもなりうる。役割を押し付けられていると思うと、誰かの娘や母親であることに飲み込まれそうになるけれど、役割を選び取ることで、「自分」というものが、その都度増えていくのなら。

そうしたらいろんな自分が増えて、「娘」と「母親」の間で、たくさんの誰かと誰かの間で、むしろ軽やかに生きていけるんじゃないか。

それはきっと、新たな「私」が増えること、自分が変化しうることに気づくことだから。



SAKI.S
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