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暮らしとアートを溶け合わせる

by SAKI.S

初めてgoatにツイッターを埋め込んでみた。できるのかな、と思ったけれど、ツイッターのURLをぴっと貼るだけで大丈夫だった...よかった(htmlの勉強が進んでいない)。

この間インタビューをした方が、暮らしとアートを融合させているような方で、それをきっかけとして自分でもふと、生活(暮らし)と、アートや哲学といったものの組み合わせを考えるようになった。

というのも、大学時代、つまり、芸術論や美術史、文学なんかを読んだりしていた頃は、家事やバイトをする時間が惜しかった。

卒業して数ヶ月(もう2-3年前のことに感じてしまうけど)経った今、一転して仕事や家事、結婚生活や自分の健康を維持する生活が中心となり、哲学書を読む機会や美術館に行く時間が減ってしまったのが事実だ。

元々アートや人文学に興味がなかった人なら、卒業して働き始め、結婚し子供をもうけ...といった生活に何の役にもたたない(とされる)それらは、一瞬で忘れてしまうだろう。

いくら、人文学やアートは人間にとって大事だと言っても、「だって、日々の暮らしの何の役に立つの?ニーチェやヴィトゲンシュタインの哲学、アールヌーヴォーの歴史的意義なんかについて考えているヒマがあったら、お金稼がなきゃだし、家事しなきゃだし、子供育てないと」と言われたら返す術がない。私にだってない。

私が結婚して、仕事人間の夫と暮らし始めて主婦業をやっているのも大きいけれど、日々の暮らしを支えているのは目の前の仕事や、日々の家事や、家族とのどうってことない会話や...そういう、小さくて「世俗的」な、営みだ。

でも、そういう「日々の生活」にどっぷりつかり、特に時間に追われていると、すごく近視眼的になる。

今ここを大事にしている、と言えば聞こえがいいけれど、ふと立ち止まったときに「何がしたかったんだっけ」「私はこれでいいんだっけ」と疑問に思ったり、知らないうちに、自分には関係ないと思っていた、政治や環境問題が、身に迫る危機となっているかもしれない。

逆に、アートや人文学など、「浮世離れした」ことばかり考えてやっていると、頭でっかちになったり、そもそも生きるのがいやになったり、目の前の人や仕事をおろそかにしてしまうかもしれない。家事や雪かき仕事、お金を稼ぐことを、世俗的でとるにたらないこと、と見下してしまうかもしれない。

「暮らし」と「アートや人文学」。この二つは、一見乖離し、矛盾しているように見える。私もそうだった。勉強したくてたまらなかったときは、食べることとか、将来の就職のこととか、どうでもよかった。自分のために家事をやるのすら、めんどうで仕方なかった。

今は、仕事や家事や結婚生活の手続きなんかしていると、そういう形而上学的なことは脇に追いやられてしまう。

もっとこの二つを、融合させることはできないかな。

アートや人文学の視点、より広い視点や異化させる視点をもつことで、取るに足らない日常を再発見したり、「生きることは何か」に近づいたり、日々の営みがかけがえのないものだと気づき、愛おしく思えたりするかもしれないじゃないか。

日々の営みを大事にすることで、アートの表現の幅が広がったり、哲学的思考に新たな発見があるかもしれないじゃないか。

小説や映画、仏教や禅は、それらを融合させている一例かもしれない。小説は日々を仔細に観察することで描写に厚みが出るし、読んでる側も日常の再発見ができる。

仏教や禅は、掃除や食事、瞑想といった修行を通じて悟りをひらくものもあると聞く。

暮らしを表現していく。そういう意識でいたら、もしかすると日々を地に足つけて生きながらも、それが新たなアートや文化、思想を生むのかもしれない。

まだその実践例や具体例、自分がやっていることが浮かばないけれど、次に考えていきたいことの、一つになった。

あなたにとって、「暮らし」とは何ですか?アートとは何ですか?

それでは、また。

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自宅でこぢんまりとbooks1016(といろ)を始めました。外国人観光客向けですが、日本の方向けに外国語書籍や海外関連の本も置いています。また、気軽に始めたので、自分もお店やってみたいけれど、一歩踏み出せない…という人も気軽に来てもらえれば^^

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