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批判されるために生きているわけじゃない

by SAKI.S

定期的に風邪をひくように(といいつつもう7年ほどひいていないけれど)、定期的にネガティブになるときがある。焦ったり、不安になったり、これでいいんだっけ...?と落ち込むのだ。

なんでかなあ?と思うと、それはだいたい、現在できていないことで、人から批判される可能性のあることだ。

私は現在、フリーライターと本屋を営んでいるけれど、ガツガツ稼いでいるわけではない。アルバイトもやりつつ、夫がメインで稼いでいるので、私は家では家事を担当している。

ネガティブ周期がやってくると、だいたい他人と比べてしまう。「みんな正社員で働いてるのに」「子どももいないから、もっとガツガツ稼ぐ・働く仕事についた方がいいのかな」「夫の方が稼いでるなあ」などなど...。

そうやって、「これでいいんだっけ?」と思ってしまうのだ。

ツイッターでも書いたけれど、私たちはたくさんの「〜しなさい」に囲まれて生きている。そして、今目の前で具体的に言われなくても、それまでに自分のなかに取り込んだ「〜しなさい」に縛られて、生きている。

私が就職せず卒業して、正社員じゃなく働いているなかで、定期的にネガティブになるのは、一つにはたぶん、お金をたくさん稼げていないからだと思う。

働かなきゃ、という、自分で自分にかけているプレッシャーの奥には、「お金を稼いでいない自分は無価値」という自己否定があった。

そして、その自己否定に気づいた瞬間、少し冷静になる。

こんな「無価値」ってほど強い言葉を、自分に発してたんだなあ。そりゃあ、そんな気持ち、ふたをして見ないようにしたいよなあ、と。

「お金を稼いでいないと無価値」という自己否定に目を向けないようにしていたのは、イコール、お金を稼いでいない人にもその価値観が向けられていた、ということにきづかされるからだ。(私の場合だと、専業主婦だったお母さんとかだろう)。

気づかないうちに否定していたのかな、と思うと、いたたまれない気持ちでいっぱいになるから、そんなこと、気づきたくなかったのだ、無意識に。

そんないたたまれなさを抱えながら、否定感情を明るみに引っ張り出すと、少し冷静になれる。
「お金を稼いでいないと無価値」って、いやいや、そんなことないでしょう、と。

お金は、ものやことの価値をはかる一つの指標にしかすぎないし、稼がないと生きていけないのは、この社会にあって一つの事実だけれど、「生活していく」を考えると、支出にも目を向けないと意味がない。

「お金をたくさん稼いでいるとえらい」「お金持ちはすごい」「稼いでいない人はお荷物」...こうやって文字にして可視化すると、いやいや違うでしょう、となるのに、「働かないといけない」とか「医者や弁護士はすごい」とか「生活保護をもらうのはよくない」となると、そうだよね、とうなずいてしまうきらいがある。

「〜しなさい」「〜しないと」の一歩奥までのぞいてみると、あんまり見たくない否定感情が出てくるかもしれないけれど、でも「〜しないと」で思考停止しているときよりは、冷静になれる。

批判されずに生きていくのは無理だ。そんな完璧な人間なんて、どこにもいない。

そして、批判されるために生きているわけじゃない。

人から批判されたり、自分で自分にNGを出しそうになったら、「〜しないと」の奥までのぞいてみる。

批判を恐れていたら、自分で自分を批判していたら、どこにも行けなくなってしまう。
ここまで気づいたら、大丈夫。今目の前のやりたいこと、やることを、一つ一つ、手を動かしてやるだけなのだから。

それでは、また。

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SAKI.S
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