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ひとりじゃ何も、できないと思っていた。

by SAKI.S

ああ、そうだ。あのころ息苦しかったのはきっと、自分一人じゃ何もできないと、思っていたから。

好きで、大学で学んでいた文学と哲学とアート、つまり人文学。役に立たないとされ、文学部廃止論が叫ばれ。携わるには、狭き門大学教授になるくらいと、思われていた。学んだところで、一銭も生み出さないような、そんなものたち。

好きなものが社会的に冷遇され、仕事としてもあまり存在していない。そんなことを大学で聞かされ、友だちと話し、みんな「普通に」金融とかコンサルとか、公務員とかになるのを見ていて、でも私はまだくすぶっていた。

人文学にどんなかたちでもいいから、関わっていたい。そんな夢みたいに漠然とした想いだけ、抱えて。

でも今みたいに、本屋を営んだり、アートについて書いたり、小説を趣味で書いたり、そんなことをするなんて思いつかなかったから。

一人で、どんなにちっぽけなことでも、一人でも何かしらできる。そんなふうには考えたことがなかった。

村上春樹がエルサレムのスピーチで「壁と卵」について語ったように、ああそうだ、私たちは、システムを前にすると、割れてしまう卵のよう。

複雑で、大きな企業が経済を動かしていて、どこもかしこもチェーン店で溢れていて。すべてがシステマチックに動いている。特に都会にいるとそう感じてしまう。

システムの一部にならないと、生きていけない。ふだん生活しているなかで、コンビニで買い物をし、アマゾンで本を買い、吉野家で牛丼を食べ、そんななかで、そうだ、一人でなんて何もできないと、無意識に思っていた。

でも。村上春樹が、何度卵が割れようと、壁ではなくて卵の方に立つと言ったように、私もなぜか、システムにとっぷり浸かりたくはないと、思っていたんだった。システムにとっぷり浸かって、それ以外のところにいる人たちを想像できなくなる。それは、たまらなく、自分の自尊心、みたいなものを傷つける行為だったから。

厳密な意味では、一人じゃ生きていけないけれど。でも、どんなに小さくても、お金にならなくても、自分一人で始められることはある。やれることはある。好きなことに携われる方法はある。

大学を卒業して一年経ってやっと、そんなふうに、大学で感じていた息苦しさの、一つの源を、言葉にすることができている。

息苦しいとき。何もできないとき。何をしていいかわからないとき。どうか、感じている息苦しさを、表現してほしい。書いても、叫んでも、歌にしても、企画にしても、絵にしても、何でもいい。そうしたらきっと目の前に、自分一人でできた何かが一つ、見えるから。

それでは、また。


SAKI.S
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