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人文学✖️生活って?

by SAKI.S

小説(またの名を文学、またはアートや哲学)は何の役に立つのか。そんな問いに、私は大学5年間、苦しめられてきた気がする。

文学部のそれもマイナーでゴリゴリ人文系の独文学なんかを専攻していた。てきとうに選んだわけではなく(かといってこれしかないと思って選んだわけでもないけれど)、これにしようと思って進んだから、「なんで文学を学ぶのか」という問いはずっとついてまわっていた。

「人の心に思いをはせられるようになる」「想像力が豊かになる」「教養が身につく」ーー一般的に言われてるのはこのあたりだろうか。でもね、小説を読んでいたら、そんな紋切り型の台詞に押し込められるほど以上のものを受け取っていることが、肌を通して伝わってくるんだよ。

社会に出たら役に立たないだの、いやいや一般教養だの。そんな言葉に押し込められているようで、息苦しさを感じていた。大学での勉強は楽しいと同時に、そんな問いにどこかで絡め取られていた。

卒業するときに、研究者にはならないなら、せめて、人文学とその世界にいない人たち(専門家でない人たち)のあいだにたちたいなと思って大学を巣立った。

そんなこと、どうやってできるのか。私のなかでは今でももやもや、はっきりしているわけではない。でも、例えば冒頭のツイートにあるように、小説は「自分以外の誰かになる」ことで、自分を自由にしてくれるものでもある。もちろん、小説を読んで私たちが得るなにかは、他にもたくさんあるはずだ。

そういった可能性(文学だけでなく、アートも哲学も)を、こうして少しずつ、自分なりの言葉で紡いでいければと思う。個々の作品について書くのはもちろんだけど、むしろそれ以上に、小説を読んでどうなったか、それが自分の生活にどう結びついているか、そうした、「生活」との接点について、紡いでいけたらなあと思う。

その接点にはきっと、「役に立つ」って言葉には収まりきれないくらいのものがあるはずだから。

人文学の可能性を紡いで、ひらいて、引き出していく。同時にそれが、私たち個々の生活(=人生)の可能性を紡いで、ひらいて、引き出していく。その接点(人文学✖️生活)が、ひいては個々人の、そして社会の多様性につながっていくと信じて。

それでは、また。


SAKI.S
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