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逃げた方がいい、という声に

by SAKI.S

暑い。暑さでからだも脳みそも溶けてしまいそうだし、冷蔵庫を開けてはこのなかに住みたいなあ、と思う。

叶わぬ、夢。

熱中症で何人もの人が搬送されたり、亡くなった人もいると知り、暑さで人が死ぬ、ってほんとにちゃんと認識しないとだめだな、と危機感を強めている。

小学生の男の子が校外学習のあと、熱中症で死亡したというニュースを聞き、母といたたまれないね・・と話す。私が、たとえ学校であれ仕事であれ、自分が危ない、やばいと思ったらノーと言わないとなあ、と言ったら、母が、そういえば、と言う。

アメリカにいたとき、大雪の日には必ず、授業があったとしても危ないと思ったら休んでくださいと学校から通達があった、と。

もちろんそれは、自宅からスクールバスのバス停までのあいだになにかあったとしても学校は責任が取れない、ということかもしれないけれど、そういう自分で判断する、っていうのは徹底していたな、と思う。

あんまり、日本では〜とか、アメリカでは〜とか話すの好きじゃないけれど、でも日本が、大雪や大雨、暑さといったことで、自分で危険だと判断して休むってことは少ないと思う。

やっぱりそれは、小さいころから「あなたはどうしたい?」「どう思う?」と自分で判断する機会が少ないからじゃないかなあ。

自分で判断することと、責任をとることはいつでも一体で。そういう意味で、日本では責任は取らされるものであり、なるべくなら持ちたくない、っていう意識はあると思う。私も、我が身をふりかえってみると、そういう意識があるなと思う。

今回の件で、学校や会社の熱中症対策みたいのが進んでいくとは思う。と同時に、危ない、逃げたい、って自分が思うなら、その声に従って判断してもいいんだよ、っていう文化や空気や雰囲気を、つくっていければなと思う。

我慢することばかりがえらいわけじゃないし、逃げないことばかりがえらいわけじゃない。むしろ、それで自分の身になにかあっても、最終的には誰も責任をとってくれないし、取れないのだ。

危ない、逃げた方がいい。やめたほうがいい。そういった自分の声があるなら、そっと耳をすませてみて。

それでは、また。

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